NHKの受信料支払い拒否の増大と公共放送に求められるべきもの

NHK:受信料拒否・保留74万7000件 3月末で――毎日新聞


NHKの橋本元一会長は7日会見し、3月末で受信料の支払い拒否・保留件数が74万7000件に達したと発表した。「悲観的に考えざるを得ず、収支の均衡を目指し、予算執行を厳しく制御するしかない」と依然厳しい状況であることを認め、徴収方法の見直しを含めた検討を始める考えを示した。

公共放送であるNHKの受信料の支払い拒否あるいは支払い保留件数の急速な増加が話題に上り始めたのは、NHKの一連の不祥事(プロデューサーの受信料着服・番組制作費横領や不明朗な財務報告など)が明らかになった時期や、朝日新聞の報道により、自民党安倍晋三幹事長代理と中川昭一氏がNHKの放送番組の内容に政治的介入をしたとの疑惑を持たれた時期と軌を一にしているように思う。

私はこの問題に対してそれほど強い関心を寄せていたわけではないが、当時のブログでの議論を散見したところでは、安倍晋三氏と中川昭一氏が、自らの歴史認識や政治信条にそぐわない番組に対して、直接的に、番組内容の修正変更や差し押さえを要請したという事ではないようである。
しかし、反自民党の立場にある人や政治的介入に対して厳しい人の、『間接的に、婉曲的な比喩表現やほのめかしを使用して、彼らが好ましくないと考える番組放送を牽制したのではないか』という疑念を完全に晴らす事は出来ないかもしれない。

しかし、HNKへの政治的介入の問題の本質は、安倍氏など政治家個々人の影響力云々ではなく、NHKの予算と事業計画の承認が国会審議と採決によって為される事にあるのではないかと思う。
政治家が、事前に番組内容について知りえたからこそ番組内容に対する何らかの意見や反応が生まれたのであり、何故、番組内容についてNHKの側が自主的に政権与党の政治家に説明する必要があるのかと考えると、国会における予算審議を問題なく通過させたいからという理由に行き着く。

安倍氏本人の弁を要約すれば、番組の説明を強要したものではなく、NHK側から自主的になされた説明に対し、『戦争問題に関して偏向せずに、客観中立な放送をして欲しい』という主旨の私見を述べたに過ぎないという事になるが、公共放送の客観性・中立性を与党側の政治家のみが判断するのは僭越であり、予算審議の実質的な権限を握る政権与党に配慮した政治的意図を孕んだ番組作りが行われる危険性があるというのが批判の大略であろう。

この報道が、例え朝日新聞の勇み足の誤報であったとしても、国民に与えたNHKに対する印象は概して好ましいものではなく、これまで無批判に受信料を納めていた層にも『公共放送NHKの存在意義』を懐疑再考する者が増えてきた結果、受信料不払い層が拡大してきたのではないかと推察される。

私自身は、公共放送が完全に不要かと問われれば、国民全ての生活や安全に直結する必要不可欠な情報(国内政治状況・経済問題・世界情勢の変化・災害被害情報・戦争有事の緊急放送など)を正確に、出来るだけ客観公正を心がけながら行う為の公共放送の必要性は未だあるのではないかと思う。
しかし、現在、NHKで放送されている番組の全てを、半ば強制的に徴収される受信料で賄われる必要があるとは判じられないとも思う。

スポンサーからの広告収益に財政的に依存する為に、視聴率至上主義に陥り易い民間企業に全ての国内放送を委任する事には、やはり若干の懸念を拭い去れないという人も少なくはないのではないか。
私は普段それほどテレビを見ないのだが、時折、NHKの番組には、民間では視聴率が採れないだろうが、文化的教育的価値が高いと感ぜられる社会問題や政治情勢に関する報道番組や科学、歴史、語学などの教育番組、芸術や風俗文化などの教養番組が放送されている。
こういった放送を、娯楽番組のように大きな需要がないから全て切り捨てて良いとも思わないし、語学や教科科目の番組などは継続的に志学の精神を持って見ている人には、実際的なメリットをもたらすものでもある。

とはいえ、国民から受信料を一律に徴収する事そのものに対する反対や抵抗の気運が高まっている事実を謙虚に受け止め、公共放送の意義と役割を再検討する中で、『国民の利益と教養の向上に貢献する番組制作』を前提として不必要な放送番組を削減して予算規模を縮小し、不正な受信料の着服や流用の不祥事が再発しない万全の監査体制を構築するなど痛みを伴う努力と改革を全面的に推し進めていかなければならないだろう。

民間放送で十分に供給されていると思われる(巨額の制作費の掛かる大河ドラマなどを含む)娯楽番組は、民間のスカパーなどCSデジタル放送やCATVなどのようにスクランブル化して、一定の追加料金を課す方式を採用すれば、受信料負担に対する不公正感や不満も若干軽減できるのではないだろうか。
それと同時に、有料放送の視聴者層を拡大する為(現在のNHKの事業規模を維持する為)に、今まであまり考慮することのなかった視聴者の需要(契約)に基づく収入増加を真剣に考えて、『お金を払ってでも見たいと思う面白い番組制作』に全力を傾注するようになり、結果として視聴者が受ける恩恵や満足も大きくなるだろう。

私は、視聴者の番組選択による負担の多寡を認めるべきではないかと思うが、NHK自身の見解は、地上派とBSデジタル放送の一体化を成し遂げ、全国あまねく全ての番組を提供する事に公共放送としての意義や役割があるとするものであるようだ。

しかし、視聴者に対して『客観性の高い報道・教育教養などの公益性の強い番組(安価な一律負担の受信料負担)』と『それに追加する様々なバリエーションのある趣味や娯楽の番組(契約に基づくやや高価な受信料負担)』の選択の権利を与えることによって、NHKに対して一般の報道と教育の番組など必要不可欠な情報しか必要としない世帯(及び全くNHKを見ない世帯)は相対的に負担が少なくなり、高い制作費や出演料が掛かる番組でも面白ければ視聴したいと願う人には、市場原理が働くことにより、今まで以上に満足度とクオリティの高い番組が届けられるようになるのではないかと思う。

公共番組の本位としての譲れない本質的根幹と民間番組と競合すべき周縁的枝葉を区別し、国民の生活・安全・利益に直結する報道番組や教育番組など本質的根幹のみを国民の一律負担とすることで、現在よりも受信料の徴収率を上げることが出来るのではないだろうか。