地震列島・日本を再認させる福岡沖玄海地震を受けて


昨日、午前10時53分頃、福岡沖玄海地震が発生し、大規模な地震が少ないとされる福岡県、佐賀県を中心とする九州北部、甚大な被害を蒙った玄海島をはじめとする島嶼部、山口県西部などに住む人々を震撼させた。
今まで磐石だった足下を支える地面が不意に揺らぎ、視界が安定を失い、身体感覚は平衡を維持できなくなるといった不安は、自らが居る建築物の倒壊と死をイメージさせるものであり、予測不可能な余震再来への恐怖が不安に拍車を掛ける。
九州地方では、総じて地震の発生件数自体が少なく、九州地方在住(他都道府県の居住経験無し)の人は、大規模な地震を今までの人生で経験した事がない人が大部分を占める。
その為、地震災害を実際的な危機として認識し、その予期せぬ被害と恐怖に対して日常から備えている人が殆どいないのが実情であろう。



福岡沖玄界地震:家崩れ、無念の離島 ガラスの雨、繁華街直撃(その1)

3連休中日の日曜日の20日、突然襲った福岡沖玄界地震。福岡市西区の玄界島(周囲約4キロ)では家が次々に倒壊し、ヘリコプターや漁船で島からけが人が運ばれ、島民のほぼ全員がその日のうちに島から避難した。福岡市の繁華街では、割れたビルのガラスが路上に降り注ぎ、地下街や屋内から飛び出した人たちがぼうぜんとした。「ガス爆発かと思った」「生きた心地がしなかった」。経験したことのない大揺れに人々は騒然となり、サイレンが鳴り響いた。

博多湾の入り口に浮かぶ玄界島を、突然大地震が襲った。日曜日の午前、穏やかな漁業の集落は、全220世帯のほとんどが被害を受けた。余震が島を揺さぶる中、20日夜に全島避難が決まり、漁協や町内会役員ら10人だけを残して、住み慣れた島を離れた。

記者がヘリコプターで島に降りると、斜面にへばりつくようにして建つ住宅の多くが崩れ、傾いていた。岸壁の道路もあちこちで陥没し、ひび割れている。足元からは、断続的に余震の鈍い揺れを感じる。

地震発生当時、男たちの多くが、最盛期のハマチ漁に出漁していた。沖から帰った久保田徳生さん(57)は「船の上で、座礁したときのような変な揺れを感じた」。漁協の無線が地震で故障したため、島に残っていた漁協組合員が、船舶無線で戻るよう呼びかけた。

お年寄りと女性、子供を優先した避難第一陣が島を出たのは午後5時。余震が続く不安から、午後9時に全島避難の希望が出され、市営渡船での避難が決まった。

午後11時発の臨時渡船を待つ中田政四郎さん(44)は「これではハマチ漁にも行けないし。自然の仕業とはいえ、恨めしい」。漁協職員、島田公明さん(42)は、島に残る10人に「よろしくお願いします」と申し訳なさそうに話した。最終的には、計510人が船で島を離れた。

21日午前0時すぎに避難所に着いた伊藤昇さん(22)は「先に来た家族の無事を、早く確認したい」と疲れ切った表情で話した。

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被災者の避難所となった福岡市中央区九電記念体育館には午後6時半ごろから、玄界島の住民たちが次々と到着。毛布2枚を受け取り、肩を寄せ合った。

久保田タツ子さん(73)は「生まれてからずっと玄界島に住んでいるが、こんな地震は初めて。サッシが壊れて窓もドアも開かなくなった。ネギを植えていた畑も屋根瓦で埋まってしまい、もうどうしていいか分からない」と涙を浮かべた。

18日に玄界小(35人)を卒業したばかりの寺田有菜さん(12)は「突然大きな音がして、怖くて親せきのおばさんにずっとしがみついてた」と不安な表情で語った。

福岡市は500人分の食事と毛布を用意。午後9時ごろから福岡県や自衛隊が寝具、民間企業がパン、おにぎりを差し入れるなど、救援物資が届けられた。

深夜になると体育館内が冷え込み、近くの病院や親族宅に移る高齢者も。市職員の1人は「明け方にかけては結構冷えると思う」と心配そうな表情だった。【石田宗久、梅山崇】


『日常的生活文脈から逸脱した意想外の自然災害』によるパニックや混乱、絶望が、最小限度に抑えられた理由はただ一点、阪神淡路大震災新潟県中越地震のように悲惨で不条理な人的被害が殆ど出なかったという僥倖に依拠していると思う。
今回の福岡沖玄海地震によって、高齢者の女性一名の生命が奪われてしまった事には、痛ましい感慨や追悼の念を感じるが、地震規模と震度から考えればこの人的被害の小ささは実に幸運なことではなかったか。

福岡市内を中心として建物・道路・電気ガス・埋立地液状化現象などの物的損害は無視できないほどの経済的損失や復旧に要する時間をもたらすだろうが、それでも、高度に発達した文明社会、人権意識が十分に普及された民主社会では、人的被害を伴わない物的被害に対しては比較的冷静で実務的な態度や意識を維持できるものである。
個人所有の家屋が倒壊したり、自動車が壊されたりすれば、地震保険にでも加入していない限り、大きな経済的損失となり、その復旧や買い替えの為に一定の経済的負担を負わなければならないが、ライフラインや交通道路などの社会インフラの復興作業は、国家や地方公共団体が責任を持って必ず成し遂げる事となる。

省庁の官僚の無駄遣いや特殊法人や公共事業に注ぎ込まれる予算に反対の市民がいても、震災、台風被害等の自然現象の被害に対する人道的な復興事業や復旧作業、被災者への公的支援などに真っ向から反対する市民はまずいないのであり、本人の責任や意志に拠らない突然の不幸や損失に対して、国民全員が税の公的負担という形で無償援助の手を差し伸べるのは倫理的にも感情的にも当然の義務であると言える。


地震津波、台風、落雷などの自然災害は、基本的に人間活動や人間の自由意志とは無関係に勃発し、人間の生命と財産と身体を無作為に蹂躙し破壊するものである。
突発的で偶発的な自然現象は日々世界の至る所で無秩序に発生し、厳しい自然の猛威から豊かで安全な生活を守る為に築いた『文明社会の城壁と科学技術の塞塁』を侵犯し瓦解させようとする。
気象衛星による観測精度の向上によって台風は比較的早期にその襲来を予測できるが、地震の発生そのものを直前予知もしくは短期予知することは出来ない。少なくとも、現在の地球物理学の下位分類である地震学、海洋地質学、プレートテクトニクスなど地震予知にまつわる科学の成果では、国民を地震発生前に確実に避難させる直前予知は不可能なことは間違いない。

『実効性・有効性のある完全な地震予知がどのようなものであるかを直感的に考えてみれば、それは地震の正確な発生時間・地震の正確な発生場所と震度が及ぶ地域の特定・地震マグニチュードと震度』が予測できるものという事が出来る。
しかし、地震予知の精度が格段に向上しても、私達人間に出来る事は、地震の被害が及ぶ範囲から『逃避・避難』することでしかなく、その地震の震度が及ぼす破壊の作用から文明社会の基本財や個人の動かせない私有財産を保護する実際的な方法は存在しない。
現在の地球物理学、地震学の到達点が示し得るのは、過去の地震記録から読み取る周期性や活断層の状態あるいは地殻変動の詳細な調査などによって出すことのできる地震の長期予知』のレベルにとどまる。

何十年間〜何百年間という十分に長いスパンをとって、『何十年以内に何%の確率で、ある地域に地震が発生する可能性がある』ということは科学的な地震予知として言えるが、こういった長期予知には、実際の地震被害の規模を縮小させるような効果はないし、国民を事前に安全な場所に避難させる緊急警報的な役割は果たせない。つまり、長期予知を幾ら行っても、人的被害・物的被害共に縮小軽減されることは、原理的にありえないということになる。
しかし、地球物理学研究者が、地震の予知を自信をもって行えないことにも、十分な理解を示す必要もあるだろう。地震カニズムの理論上・観測技術上の制限と同時に、社会的・経済的な実害の問題が大きくかぶさっている為に、短期の地震予知は、絶対に確実な予知として機能する確信がない限り行えない。

短期間のスパンでの地震予知が出せない最大の理由は、『予知の誤りによる人心混乱と経済被害を恐れる』為であり、偶然性に依拠する確率論でしか語れない精度では、地震学による地震予知は、有効な予知として機能することがないという問題を抱え続けることとなる。
唯一、国家的プロジェクトとして何とか直前予知に近い形で事前に地震の発生を予測して、人的被害を最小限に留めようとしているものに、駿河湾震源を持ち、愛知県・静岡県など東海地方や近畿地方に甚大な被害をもたらすとされている東海地震東南海地震があるが、この予測は過去の地震記録からの周期性と東海地方各地に配置したひずみ計の計測に依拠したものである。
東海地震は、その震災の被害規模が、関東大震災と同等以上の激しい地震になると予測されているため、出来るだけ早い段階で確度の高い予知をもとに避難勧告を出すことが望まれるが、その短期の地震予知を発表する判断は苦悩と困難を極めるものとなることは想像に難くない。
しかし、人間の生命という一旦喪失されれば取り返す事の出来ない人間としての権利の根幹・主体を保護することこそが、国家権力に正当性が付与されている最大の根拠なのだから、全力で地震被害最小化の事業に当たってもらいたいと願う次第である。

時に、自然災害を文明社会へのしっぺ返しであるというメタファーで語る人もいるが、自然界には悪意や意図は存在しないのであり、自然は、人間や文明へ二項対立的に屹立する牙城でもない。
しかし、それ故に、恐ろしいともいえる。自然現象は理不尽な破壊と、冷徹な結果のみを粛々と人間社会と内面世界に刻み込み、何事もなかったかのようにその現象は消失する。
人間の主観的な希望や愛情など一切通用しない、しっぺ返しという怒りも意趣返しという怨恨も存在しないからこそ、自然は永遠に人間の思惑通りには制御できない偶発的・流動的・普遍的なものであり続けるのだろう。

今回の福岡県の地震報道と実際の経験を経て、改めて日本が例外地域のない地震列島であることを思わされた。
日常生活の文脈から逸れた自然災害に対して私達は無防備かつ無関心になりやすいものだが、防災意識を高めると同時に、予測不可能な様々な喪失の悲しみや痛みに備えていなければならないのかもしれない。
そして、自然災害や偶発的な事件事故に限らず、人間の精神を最大に損傷し磨耗せしめるのは、意想外の喪失と別離、不意の裏切りや剥奪なのだということを現代社会に絶えず湧き起こる種々の報道に接していて思わずにはいられない。

人間は、基本的にいったん適応し安定した環境からはなかなか抜け出られないし、自分を変えられない保守的傾向を持つが、自然は基本的に一定の状態に安住せず可変的で不安定なものである。
人間の文化文明の発達の歴史とは、技術の革新と規模の拡大の歴史であると同時に、一度手に入れた安全・快適・豊かさを外敵や自然から保守しようと懸命に努力してきた歴史でもあったのではないだろうか。

そうした、予測不可能な自然現象を出来うる限り予測可能な形に単純化して、理論の枠組みに収める人間の科学的知性、不安定で環境への適応性を低下させる自然の猛威を出来うる限り安定的で実害の少ないものへと鎮圧しようとする人間の文明社会の城壁が、人間を自己破滅的な方向に追いやるものではなく、『自然との共生や他者との幸福の共有』に貢献するものであることを信じたい。