バイオプロスペクティング

前回書いた自然の虫を用いた治療の様に、植物の根・茎・球根・種や動物の内臓・ホルモンなどを利用する自然界の生物多様性を利用した治療法が注目されている。
今まで、人工的に合成された化学的薬剤を用いる西洋医学が主流であった医療界では、作用機序が科学的に解明されない民間療法・自然療法は顧みられることが少なかった。
しかし、毎日の栄養の偏りや不規則な生活習慣によって発病する生活習慣病や従来の化学薬剤では完治しない長期の慢性疾患の増加などを受けて、漢方など体質改善による根本治療を目指す東洋医学や昔ながらの村落共同体に口承で伝えられる民間療法を見直そうとする機運が高まっている。

西洋医学は、身体を器官や組織に分割して、精密な検査研究を行う分析的治療法といわれる。化学薬剤の目的は目で見える特定可能な症状を改善緩和することにあり、病気そのものを根本的に治癒する力はない。一時的に症状や苦痛を抑えて、その間に身体の免疫系やホメオスタシスによる自然回復を待つというのが一般的な医学的処置の在り方である。

私達が住む生活領域の周辺にある森林・草原・海などに棲息する植物や動物を使って治療する民間療法の歴史は近代的な西洋医学よりも勿論長い。確かに、その中のかなりの部分は、迷信であったり、明らかに間違った治療法なのだが、数多くある自然的療法の中には特定疾患や慢性的な症状を根本的に治療するような種類のものがある。

いずれにしても、自然界の資源(植物・動物)が持っている医学的効果・効能には、まだまだ現代科学が解明しきれていないメカニズムや成分があることは確かで、それらには未知の可能性が秘められている。
つまり、自然界の資源全体を対象にして科学的研究・商業的利用を進める事が、従来の研究室内での薬剤開発以上の発見をもたらす可能性があるのではないかと考える研究者が現れてきているという事である。

そういった自然界に棲息する植物・動物の生物多様性を医療・治療・健康増進に利用する為に、副作用が少なく効果の高い植物・動物を探索することを『バイオプロスペクティング:Bioprospecting』(生物資源探査)と言います。
このバイオプロスペクティングは、生物学・遺伝学の研究成果を医学や薬学に応用的に利用する事につながり、私達の身体に副作用が少なく安全性の高い薬剤を提供する事につながっていきます。
今まで迷信や思い込みの域を出ないとして信頼性と実効性が低いと思われていた自然療法が、医学的に信頼される為にはプラセボ効果と薬剤そのものの成分による効果を区別する為の比較臨床試験をしっかり行っていくことが必要になってくると思います。

合理的で科学的根拠のある即効性を求める西洋医学的発想と経験的で継続による段階的治癒を求める東洋医学的発想が結びついて、医療を受ける患者がより安全でより信頼できる薬剤を手に入れられるといいですね。
ただ、バイオプロスペクティングの問題点として、多くの種類の動植物が生息する生物多様性を誇る開発途上国の生物資源が先進国に勝手に収穫されてしまっていて、現地の人々の生物資源の所有権が無視されていることがあります。更に、その利用法を先祖が子孫に伝えてきた伝承知識が何の経済的補償や特許による保護もないまま研究者や企業に利用されていて、その事に対する原住民の反発や抵抗も強いようです。

生物資源は人間だけの所有物ではありませんが、経済的利益が関わってくることとその所有権や利用法の知識や効果効能の経験則の金銭的価値を巡っていろいろ問題が起こってくるのかもしれません。