イラク国民議会選挙:汎アラブ主義(Pan-Arabism)の挫折とイスラム原理主義の台頭

ビンラディン容疑者:イラク選挙ボイコットを呼び掛け
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20041228k0000e030001000c.html


中東の衛星テレビ、アルジャジーラは27日夜、国際テロ組織アルカイダの指導者、ウサマ・ビンラディン容疑者の声とされる声明の録音を放送、同声明はイラクで来年1月に予定されている国民議会選挙に投票した者は「不信心者」だとしてボイコットを呼び掛けた。

 声明はまた、イラクでのテロや攻撃の首謀者とされるヨルダン人、アブムサブ・ザルカウィ容疑者をイラクでのアルカイダの指導者だと認め、同容疑者のイラクでのテロ活動などを称賛した。

 声明が本物とすれば、ビンラディン容疑者がイラクの選挙について公言したのは初めて。米国などが後押しする同選挙を妨害する狙いがあるとみられる。

 声明は、ザルカウィ容疑者はイラクでの「首長」であり、同国のイスラム教徒は「彼の言うことを聴く」よう要求。10月に同容疑者がビンラディン容疑者への忠誠を誓い、組織名を「イラク聖戦アルカイダ組織」と変えたことを「イスラム聖戦士の統一に向けた偉大な一歩」だと称賛した。(カイロ共同)


圧倒的な軍事力によってイラク情勢を安定化させようとするアメリカ、イギリスと多国籍軍にとって、来年1月に行われる国民議会選挙は、大きな試金石となるだけに、ビンラディンザルカウィを首領とする国際テロ組織の予期せぬテロリズムによって、情勢が撹乱されることは是が非とも回避したいところだろう。

無論、アルカイダにとっても、選挙によって親米派の国民議会が成立することは、実質的にイラク全土にわたってテロリズム排撃の気運が高まる事を意味するため、何とかザルカウィ率いる『イラク聖戦アルカイダ組織』を中核としたイラク国内における反政府武装闘争を展開したい。
その為には、国内勢力をバラバラに分裂させる必要がある為、アルジャジーラに声明を送りつける事でイラク民衆の反米感情を高めようとしている。

だが、幾らムスリムの為の聖戦を謳ったとしても、残虐極まりない陰惨な暗殺や拉致殺害事件を繰り返しているザルカウィを、イラクの首領として仰ぎたい一般民衆は極々少数派ではないかと推察する。どう転んでも、ザルカウィが元首の国家だと、フセイン以上の独裁的な恐怖政治を行う蓋然性が高い為、一般イラク国民は反米感情があったとしても選挙をボイコットする形で民主化プロセスを放棄することはないように思う。

歪曲したラディカルなイスラム教義に殉ずるムジャヒディンは、無意味な自爆テロや無関係な市民虐殺を続けていては、ますます同胞のイラク民衆からも支持や協力を得られなくなるばかりだ。
イラク人による民族自決的な政権を立てる方途があるとするならば、長期的なコミュニケーションを重視して汎アラブ主義的な連帯や団結を勝ち取るしかないだろうが、実際問題として現在のイラクに選挙に基づく民主政権樹立と新憲法制定を拒否するメリットは何もないかもしれない。
勿論、現在の中東情勢や北アフリカ情勢を眺めてみると、かつて、エジプト建国の英雄ナセルが先導したような反帝国主義的熱狂はなく、アラブ民族としての一体感も殆どない。

イスラエル的なうねりとして、イスラエルとアラブ連合軍の中東戦争時には汎アラブ主義が疾風のように巻き起こることもあったが、相次ぐ敗戦によって、次第にその熱狂は冷めていった。
第二次世界大戦終結後、間もない時期は、第三世界の国々が植民地支配から離脱して民族自決によって独立を勝ち取るといった目標があり、そういった共通の目的に向かって大同団結的な運動が盛り上がる事があったが、現在は殆どの第三世界の国は独立しており、同じアラブ世界の国々でも複雑な民族・宗教の不和や経済的利害対立があって一枚岩になれない。

第三世界の英雄であったエジプトのナセルがクーデターによって大統領になり、シリアと団結してアラブ連合共和国(1958)を建国できたのは、イギリスやフランスの植民地支配による圧政や搾取が前提としてあり、アラブ民族が自由と独立を勝ち取りたいという悲願や聖地エルサレムにおけるユダヤ人のイスラエル建国を承認しないという宗教的信念で繋がっていた為である。

汎アラブ主義の終焉は、アラブ・ナショナリズムの旗手であったナセルの死去と汎アラブ主義の盟主であったエジプトのイスラエルとの和解によって決定的となった。
それ以後、民族的統一ではなくイスラム教という宗教的理念によって力を結集しようとする『イスラム原理主義が』台頭してくるも、結局、急進派がテロリスト化する事によって、一般アラブ民衆への求心力を喪失してしまった。


さて、アラブ民族主義の話へと横道に逸れたが、イラク国民議会の直接選挙に際して、アメリカは15万人まで軍事要因を増派して、イラク民主化を平穏無事に成し遂げたい構えのようである。
軍事力のみによって予期不可能な突発的テロを完全に抑止することは出来ないが、とりあえず、増員する以外にアメリカに有効な手立てはないのだろう。
現状で、(有り得ないことだが)アメリカが、テロリストに和平や対話を申し出ても、テロリスト側は、アメリカ主導の民主化プロセスや自由主義世界の選挙に基づく政権樹立に反対しているのだから、和平は不可能だろう。

まさか、ビンラディンザルカウィが選挙に出馬するというような半ば悪ふざけのような事態は考えられないし、出馬しても当選するわけもない。
何しろ、彼らは国際的テロリズムの首謀者として国際指名手配犯となっている容疑者であるから、正規のプロセスを踏んでは立候補できないし、政権に参画できない。
それ故に、どのような交渉を持ちかけられても、応じることが想定し辛い。
ビンラディンら本人達が、アラブ諸国の政権に影響力を持ちたいとか、イスラム原理主義による反米的なアラブ統一政権を樹立したいという政治的目的の下に活動することを辞めないのだとしたら、彼らには実質的に、非正規の違法で反社会的なテロリズムや恐怖・威圧による方法しかないことになる。

アルカイダの声明を鵜呑みにするならば、今までの民主化プロセスの努力を全てご破算にして、アメリカと多国籍軍の全ての兵員を撤退した上で、後はアルカイダと既存の部族氏族で自由にやってよいという状況を準備せよというのだから、それはとても呑めない要求である。
ここに、テロリストグループとの対話的交渉を進める難しさがあり、妥協点を実質的に定める事が出来ない限りは対話の端緒にさえつけないというのが実情だろう。

イラク国政選挙自体にも、国内分裂や対立の危険がないわけではない。
イランとイラクという二つの国は、イラン・イラク戦争で幾度も戦火を交えてきた国ではあるが、宗教宗派や部族などで強く関係し合っている部分もあり、イラク国政選挙の結果は、ダイレクトにイランの政策方針や対イラク関係に影響を与えるのではないかと思う。


http://www.mainichi-msn.co.jp/column/shasetsu/archive/news/2004/12/20041218ddm005070160000c.html

ある意味では治安より重大な問題がある。国家再建のための選挙が各派の対立を深め、逆にイラクの分裂・分断につながりはしないか、という懸念である。

 政党などが提出した候補者名簿は100に上り、候補者総数は約6400人に達したという。大きな構図で言えばイスラム教のシーア派スンニ派少数民族クルド人の3勢力のせめぎ合いである。フセイン政権下で冷遇されたシーア派は、実はイラクの人口の60〜65%を占める。同派が国政の主導権をめざして積極的に選挙に協力し、スンニ派クルド人は選挙後の「シーア派支配」を警戒して及び腰というのが実態だろう。

 80年代のイラン・イラク戦争時、シーア派国家のイランはイラクシーア派に決起を促した。湾岸戦争後のイラク内乱では、シーア派武装闘争をイランが陰に陽に支援した経緯もある。今回の選挙では、イランの故ホメイニ師の政権下で結成されたイラクイスラム革命最高評議会(SCIRI)などが有力組織になっており、シーア派が勝てば両国は急接近すると見る人は少なくない。

 例えば、ヨルダンのアブドラ国王は毎日新聞との会見で、シーア派の勝利がスンニ派との内戦に発展する可能性に言及した。無論、イ・イ関係は宗派だけで語れるほど単純ではないし、同評議会が米政府と一定の協力関係を保ってきたことも忘れてはならない。国王の発言は、イラクの選挙が思わぬ動乱を誘発する恐れを警告したものと解釈すべきである。

 クルド人の意向も絡めば選挙後の情勢は極めて不安定だが、結果は結果として受け止めるしかない。なるべく多くのイラク国民が投票し、幅広い民意を反映した選挙になるよう期待する。


期待と不安の交錯する複雑な気持ちで、来年、民主的プロセスを経たイラク新政権の誕生を待ちたいと思います。
アメリカ主導の強制的なイラク民主化である点に反感を抱く感情が湧かないでもありませんが、現状で、民主化プロセスを途絶させることには、世界情勢の拡散的な不安定化とイラクの果て無き内乱の危険を招来する恐れがあり、それこそ、国内分裂と派閥対立を願い、潜伏地・拠点確保を狙うアルカイダを中核とするテロリストグループの思う壷になってしまうでしょう。

しかし、選挙結果を素直に受け容れられず、その結果が元で新たな宗派や民族の対立が起こらないかという点も心配ではあります。
原則的に、単一民族国家で宗教宗派の紛争とも無縁な日本では、戊辰戦争を経た近代以降、日本人同士で戦った事がないのでリアルな内戦内乱のイメージが湧き辛いのですが、昨日まで一緒に共存していた同じ国の人たちと明日は殺しあうといった悲惨な内戦の事態だけは見たくないものです。

イラクサマワに駐留している自衛隊の方々の安全も気になりますし、自衛隊の海外派遣があやふやな議論の中でなし崩し的に長期化している点に憂慮を覚えてもいます。
また、ゆっくりイラク問題やアラブ民族の歴史、イスラム教教義や文化についても考えてみる必要を感じます。