クレペリンによる精神医学の体系化と早発性痴呆の疾病概念

精神分裂病*1の名称の歴史は、オイゲン・ブロイラー(Bleuler,E. 1857〜1937)が1911年に『Schizophrenie:精神分裂病』の精神疾患概念の提示をした事とその邦訳(日本語訳)に始まります。
“Schizo”は『分裂』を意味し、“phrenie”は『魂・精神・息吹』を意味するところから、精神分裂病という訳語が当てられたとされています。

精神分裂病に近い病態は、ブロイラー以前には、近代精神医学の父とも呼ばれるクレペリン(Kraepelin,E 1856〜1926)によって『Dementia praecox:早発性痴呆』(1899)*2と呼ばれていました。

クレペリンというのは、早熟の天才型の医学者で、正に精神医学の歴史では巨人といって良い人物です。
クレペリンは若干26歳で、現代の精神医学の疾病分類と診断基準の基礎につながる“精神医学の教科書”を書き上げ、その教科書は精神医学界に大きな影響力を及ぼしました。
それまで『狂気性・異常性・非日常性・神聖性を持つ精神状態』として曖昧な取り扱いをされていた精神疾患クレペリンは、『病態・経過・予後』などを観察して分類し、疾病概念を明瞭に定義して整理していきました*3

早発性痴呆や精神分裂病の疾病単位・概念が整理されるまでは、精神分裂病と同じような症状を呈する病気が、『緊張病・妄想病・破瓜病・精神錯乱・譫妄状態・精神荒廃・パラノイア(偏執狂)』など様々な呼称で呼ばれていましたが、クレペリンの精神疾病概念の整理でそれらの多様で複雑な症状は、『早発性痴呆』という一つの病気に関わる様々な病態・症状であるとされました。
早発性痴呆というと、何だかよく訳の分からない言葉という印象がありますが、思春期・青年期といった発達早期に好発して、当時の痴呆と同じような病態や予後を示すということでこの名前を使用したようですが、クレペリン以前にも早発性痴呆と似た疾病名称が使われていた事があるようなので、その前例をとりあえず踏襲したとも考えられます。

現代でも『二大内因性精神病』*4として、統合失調症躁鬱病が規定されますが、この二大精神病の分類もクレペリンの疾病分類がその起源にあります。
二大内因性精神病の、内因性とは『先天的な身体的原因あるいは内部的原因』とされるものですが、言い方を替えれば明確な原因が特定できず不明な病気ともいえます。

現代の精神医学では、脳や中枢神経系の器質的原因や機能的障害に還元できる病気が、内因性精神病であるとされ、神経伝達物質であるセロトニンノルアドレナリンドーパミンなどの脳内モノアミンの分泌異常(分泌の過剰や不足・再取り込みの過剰や不足)が原因として考えられています。*5

2002年の統合失調症への名称変更の理由には、精神分裂病という表現が『人格が崩壊し分裂する・精神が分裂して狂気に至る』といった誤解や偏見を招きやすいということがあり、精神病の正しい理解と差別の撤廃の為に、適切な病態の把握を可能にする名称にすることが望ましいと考えられました。

統合失調症のブロイラーからの歴史とその具体的な症状などについても、また書いてみたいです。

*1:このブログでは、scizophreniaを歴史的な文脈で語る時には“精神分裂病”と表記し、現代的な文脈で語る時には“統合失調症”と表記します。日本では、2002年度より統合失調症が正式名称となっています。

*2:praecoxは、統合失調症の診断において利用されることのある“プレコックス感”に通じます。プレコックス感とは、話していて感じる何だか奇妙な違和感や自分と相手との間で会話が共通理解されていないと感じる現実感覚の断絶の事です。

*3:クレペリンの精神医学書による“精神疾患の定義・分類と診断基準の確立”は、科学的な精神医学の体系化における大きな進歩です。しかし、その一方で、それまで非日常的で神聖な心理状態や神や霊との媒介者とされることもあった“特別な心理状態”を“治療の必要な病気”として権威的に診断・レッテル貼りするようになってしまいました。

*4:これとは異なる見解で、三大内因性精神病として、統合失調症躁鬱病に“癲癇・てんかん”を加えるものもありますが、てんかんは精神症状のない脳の器質的障害なので私は精神病の範疇には加えないほうが適切だと考えています。

*5:精神疾患の原因を脳内の情報伝達物質であるモノアミンの過剰や不足と考える仮説を“脳内モノアミン仮説”と言います