対人関係の苦悩や葛藤:創造的な人生の豊かさを演出する対人関係への変容


あなたには、現在、自分を苦しめている悩みや解決の困難な問題、耐え難い苦悩を生じる事態がありますか?
人間の苦悩や不安、更には、悲しみ、苛立ち、焦燥感、憂鬱感などは総じて『心理的問題』であると同時に『関係的問題』です。
私の抱える悩みや苦しみは、繊細な感情の落ち込みや暗鬱な気分の発生といった形無き心理的な問題ではなく物理的あるいは経済的問題だとおっしゃる方も勿論居るでしょう。
しかし、人間に襲来する苦しみや悩みは例外なく内的な『私』という一貫性と連続性のある自我意識に立ち上る『心理的問題』である事は一つの真理です。

事故・怪我・病気による苦痛や疼痛でさえも心に感覚され、意識によって認識される痛みである事に変わりはなく、それを、感覚器の痛覚を担当する末梢神経が刺激されて、その痛覚刺激の情報が末梢神経から脊髄に伝達され脳内の知覚領野に到達する事で痛みを感じるといった脳科学的な解釈をしても痛みを感じる主体は『私の意識(心)』である事に違いはありません。

厳密に言い換えるならば、私達は『固有名の私の意識』を離れて世界や人間を観察したり考察したり感情を揺り動かす事は出来ず、非日常的あるいは病理的な心理状態を除いてこの世界を私の自我意識から切り離す事は出来ません。
私と世界(環境)と他者の分割出来ない一蓮托生の『連続する関係性』と『人生の一回性』によって、心理的問題は関係的問題と相即的に立ち上がってくると考えられます。

ここで、人間の抱える心理的な苦悩や問題を整理して類型化して見ると以下のようになります。

  • 自分自身の感覚や欲求・利害に基づく問題
    • 基本的な生理的欲求(食欲・性欲・睡眠欲)の不満足の問題
    • 怪我や病気などによる感覚的な苦痛
    • 外敵や天災などによる侵襲的な恐怖
    • 生活の維持を困難にする経済的社会的な問題
  • 自我同一性(アイデンティティ)の問題
    • 職業・生業といった形での社会的役割の享受の問題
    • 自分が自分に対して抱く自己イメージと他者が自分に対して抱く自己イメージとの落差の問題
    • 共同体・特定集団・特定機関への所属による安定と制限の間での葛藤
    • 過去・現在・未来と時間的連続性を持つ自分の肯定的ヴィジョンの維持の問題
    • 普遍的価値規範を示す宗教・思想・哲学の有無と社会常識や法規範との対立の問題
  • 自分と他者の関係性に基づく問題
    • 他者への親愛欲求の不満足の問題
    • 他者からの承認欲求の不満足の問題
    • 他者との敵対・憎悪関係による紛争の問題
    • 他者との共依存的関係の問題
    • 特定他者との恋愛関係にまつわる問題
    • 特定他者との結婚関係にまつわる問題
    • 所属集団での利害関係のある他者(上司・部下・顧客)との関係の問題
    • 他者の期待・信頼に対する裏切りの問題
    • 特定他者への期待・信頼を裏切られる事態の問題
    • 過去・現在・未来と時間的連続性を持つ記憶(イメージ・表象・トラウマ)の中の人間関係の問題


思いつくままに並べ立てて見ましたが、自分自身だけに関する悩みは生存に不可欠な生理的欲求の不満足や健康状態の侵害に関するものなどで、心理的問題の多くの部分が自分と他者の関係性に基づく『人間関係・対人関係の問題』である事が分かります。
また、自己アイデンティティの問題も他者の集合である社会的環境における自己同一性の再確認によって引き起こされる苦悩や煩悶であり、アイデンティティの問題も社会環境での他者との関わり合いや他者との相互的評価や作用によって生み出されるものと考える事が出来ます。

生きる事が苦しくて辛くて耐え難いという苦悩や訴えの根底には、広義の対人関係の障害や対人関係の障害や社会的活動の不器用さに原因を持つ自己アイデンティティの拡散があると考えられます。
人間関係で傷つき苦悩する人の場合には、『適切な他者との距離感の喪失』や『信頼と依存の混同』『純粋な愛情と束縛的執念の境界線の曖昧化』が見られる事が多くあります。

対人コミュニケーションスキルの向上を前提とした清新で心地良い人間関係の構築を進める事は、取りも直さず交際する相手や社会的文脈に応じたフレキシブルな距離感を持てる事に繋がります。

お互いが苦悩や不満足を抱く事の少ない最適な距離感、臨機応変なフレキシブルな対人関係を維持する為にはどうしたら良いのかを考えてみると、自分の欲求や希望だけを相手に押し付けて相手から奪い取るだけのエゴイスティックな関係に陥らないようにする事、自分の素直な感情を押し殺して相手の機嫌を取って喜ばすといった不健全な対人関係に埋没しないようにする事がまず大切になってきます。
また、何かのマニュアルに従ったような機械的儀礼的な関係では、その関係から生まれる喜びや心地良さが失われて無味乾燥な殺伐としたものになってしまいます。

自分自身が他人から傷つけられない様に過剰に構えすぎる事で、対人コミュニケーションの目的の一つである楽しみや喜びの感情を取り交わすふれあいまでもが喪失してしまっては本末転倒です。
形式や儀礼、社会通念としての常識といった硬直した慣例にもある程度従う必要がありますが、時間の流れが早く人間関係も複雑化する現代社会では、相手や状況によって個別的な対応の出来るより柔軟性のあるコミュニケーションに変容させていく事が望ましいと考えられます。

無理矢理、人との関係を持って機械的に意思疎通をするのでも、相手との関係を失う事を恐れて過剰な気遣いや配慮を持って関係を取り持つのでもなく、コミュニケーションそのものを楽しみながら、絶えず変化する対人関係や現実場面に対処していければ、お互いが自然に最適な距離感に配置され、継続する人間関係と喪失する人間関係が分別されてきます。

協調し同意すべきところには同意し、自分の意見や判断をしっかりと主張したい時には毅然として主張するといったバランス感覚も人間関係には必要ですが、相互理解の為の洞察力や共感性を忘れずに寛容な自然体で過度の執着なく接するならば、別離に伴う『対象喪失の絶望』『見捨てられ不安』に飲み込まれる事なく、人との出会いや別れを自らの人生の豊かさへと還元し、生きる意欲の源泉へと変えていける事でしょう。



広義の対人関係の障害が病理の基盤にある性格(人格)上の問題として、境界性人格障害(ボーダーライン)や自己愛性人格障害演技性人格障害、それらに付随するリストカット、ODなどの自傷行為などが代表的なものとして挙げられますが、直接的なコミュニケーション不全や意思疎通の困難を生じるものとしては社会性不安障害(対人恐怖症)があります。

社会的引きこもり現象の一部に見られる退避性人格障害や退却神経症、スチューデント・アパシーには、自己アイデンティティの拡散による無為や意欲の急激な減退が見られます。
こういった精神病理学領域の問題もまた改めて書きたいと思います。