統合失調症の“言葉のサラダ”とベイトソンのコミュニケーション理論の研究


統合失調症精神分裂病)の代表的な症状に、言語の論理性の混乱と他者とのコミュニケーションの障害を示す“言葉のサラダ”というものがあります。
言葉のサラダとは、言語によって構築される観念(概念)と意味の体系が破綻して、支離滅裂で共通理解不能な言葉を話し、相手の言葉を歪曲して受け取ってしまうという事です。

発信者が意図するメッセージを、言語的にもメタ言語的にも正確に受信することが出来ない状態と言ってもいいし、言語の解釈を現在置かれている状況や関係のコンテキストの中で適切に行う事が出来ないと言う事も出来ます。
洋服売り場の女性の店員が『何かお探しものがありますか?』という形式的な応対をしてきても、言葉のサラダの状態にある統合失調症の人は、その言葉が『愛想の良い態度で安心させて、私を騙そうとしている』罠なのか、『ほんとは洋服ではなくて私を探しているんじゃないの?』という誘惑的な言葉なのか、当たり前の『何かお探しの洋服はありますか?』という店員の質問なのかを明確に区別できません。

この言葉のサラダの事態が意味するのは、私たちが日常的慣習的にやり取りしている状況と関係のコンテキストに適合した解釈や対応が出来ないという事であり、言葉の抽象的なラベリングを的確に読み取る事ができないという事です。
抽象的なラベリングが適切に読み取れないという事は、現実と空想の境界線、現実と虚構の区画領域が明確ではなく曖昧であることを指し示します。
現実と空想の判別がはっきりと出来ないという現実検討能力の低下は、複数の抽象的ラベリングを貼る事によって解釈の多様性の面白さや情趣を生み出すユーモアやエスプリを理解することを不可能にします。

深刻な論理階層の破綻状態にある場合には、映画の中の出来事や創作物の中の出来事を現実世界での出来事と直接的に結び付けてしまって、その間違いを修正しようとする外部の説明には全く反応を示さないこともあります。
重篤な現実吟味能力の破綻や喪失に至らなければ、論理階層を明確に区分することが出来ない事は統合失調症の人に耐え難い混乱や苦悩そして混迷状態にあることの不安を引き起こします。
しかし、混乱や不安が存在するということは、自分の論理階層の認識にどこかおかしい部分があると理解すると同時にどこがおかしいかはっきりとは分からないという現実検討能力の鈍磨があることを意味します。

現在の精神医学では、統合失調症は内因性精神病に分類されており、その発症は環境要因よりも遺伝要因が重視されています。
原因を特定できない自然発生的な内因性を主張することで、心因性である統合失調症は稀なものであり、脳の器質的病変や機能障害によって病態は説明できるという立場に立っています。
その為、一般的に、科学的なスタンスからは、統合失調症には言語的なアプローチや心理療法は効果がないとされ、薬物療法以外の治療法は無意味だとする風潮が一般的にあります。

精神分析学でも、統合失調症自由連想法を実行するだけの自我の強度や言語理解能力がない為に、精神分析は不可能であると考えられていましたが、分析心理学を創始したユングは、統合失調症患者の発言にはメタコミュニケーションとしての意義があり、人類普遍の無意識である集合的無意識の構造を示唆する断片や神話や伝説のモチーフとなっている元型が言葉のサラダに散りばめられていて、それを解釈して提示する事に治療的な価値があるとしました。

統合失調症の心因説として有名なものに、グレゴリ−・ベイトソンが疫学的研究を通して提唱したダブル・バインド理論(二重拘束理論)というものがありますが、これは統合失調症の原因を特定のトラウマや父親や母親のコミュニケーションの取り方や虐待に求めるものではありません。
ベイトソンが、ダブル・バインド理論を通して解明したかったのは、トラウマ的な家族関係の図式を産み出す形式的な側面であり、家族間のコミュニケーション・プロセスの中で『事実と空想を区別するシグナル・文字通り受け取ってよい言葉とメタファーとして受け取るべき言葉を区別するシグナル』が歪曲されて意思疎通される習慣が形成されルール化していないかという事でした。

相手から発話されるメッセージがどのような内容と意図を持っているのかという『メッセージの同定能力』に注目して、ユーモア・冗談・皮肉・諧謔・風刺といったレベルのメッセージを解釈できない、文字通りの言葉でしかコミュニケーションできない人たち・家族群があることを発見しました。

こういった言語表現の解釈に起伏も変化もない、コミュニケーションのバリエーションがなく単一的である人たちは、感情麻痺や情緒鈍磨を起こしやすく、メッセージの抽象的ラベルを無意識的に刷りかえることで、他者とのコミュニケーションが歪められ、破瓜型精神病や妄想型精神病の発症リスクが高まるとベイトソンは予測しました。
ベイトソンダブル・バインド理論を含むコミュニケーション理論は、統合失調症の発症機序を主要な研究対象として診療と実験から疫学的に考案されたものです。