反社会性人格障害と被害者意識を伴う認知傾向


精神病理学の中で、心理的原因によって種々の症状や機能障害が出る神経症水準の疾患は、カウンセリングや心理療法などで比較的容易に治療でき、内因性・心因性統合失調症精神分裂病)に代表される精神病水準の疾患も、現実認識能力の著しい低下は見られるものの、抗精神病薬などの薬物療法を主軸とした有効な治療を行う事が出来ます。

外部からの治療的アプローチや援助的働きかけがなかなか顕著な効果を発揮し難いのは、個人の性格構造の歪曲や人格傾向の偏向からくる不適応の苦悩や問題行動です。
id:cosmo_sophy:20050121で概略を示した人格障害の問題によって、通常の人間関係を築くことが出来なくて周囲から孤立したり、社会生活に参加出来ない為に経済的不利益を負い、あるいは社会規範を守る意義が理解出来ない為に刑務所に収監されるといった不幸を蒙ることがありますが、本人が自分自身の性格上の問題や短所を自覚して、性格を良い方向へ変容させたいと考えない限り、有効な心理的介入を行う事は通常不可能です。
標準的人格傾向からの過度の逸脱に対して、薬物療法は有意な効果を発揮しませんし、本人が『どんな社会的不利益や対人関係上のトラブルを抱えようとも今のままでいい』と頑なに現状維持を希望する場合にはあらゆる改善的対処は無効となるでしょう。

他者に迷惑や危害を加えない性格上の偏りについて、外部が適応的な改善や友好的な変化を望むのは“マジョリティの傲慢”に過ぎません。また、人間社会の面白さは、多種多様な個性の持ち主が織り成す関係や出来事にあるのですから、少しくらい平均的な人間像からかけ離れた押し出しの強い個性の人がいたほうが社会生活や対人関係の魅力が増すとも思います。

他人に対して重篤な危害を加える恐れのある人格障害としては、クラスターB(相互的な対人関係を築けない情緒不安定や依存性を特徴とし、自己の欲求や衝動を制御する良心や規範意識の乏しい群)』に属する反社会性人格障害があります。



15歳以下の少年期に見られる反社会的行動や動物虐待や殺害などの残虐行為の場合には、発達障害・行為障害に分類されるが、18歳以降もその反社会性や虐待・殺害・窃取の嗜好が継続する場合には反社会性人格障害とされ、連続的に犯罪行為を繰り返して何ら良心の呵責や反省を感じない人たちの性格傾向に頻見される。


反社会性人格障害のような過剰に社会否定的かつ法秩序破壊的な性格傾向がどのような生育過程を経て形成されるのか、あるいは他者の苦痛や悲しみに対する無配慮や共感の欠如、生命の尊厳を蹂躙する暴力性がどのような発現機序によって生起してくるのかは、現在の精神医学や性格心理学では殆ど解明されていません。
基本的に、反社会性人格障害が想定される個人が、自らの意志によって性格を矯正しようと考える事は極めて稀であり、犯罪者の更生施設や再教育機関など以外の日常の臨床ケースとして扱う事も殆どないと思われます。
反社会性人格障害の標準的治療モデルのようなものは構造化されておらず、治療・改善すべき病理性よりも分析・解明すべき異常性のほうがクローズアップされやすいという問題もあります。
反社会性人格障害という分類名称が一般化される以前には、社会病質やサイコパスなどと呼ばれ、性格異常の側面を強調する傾向が強かった事もその傍証として挙げられます。

反社会性人格障害というものは、精神の発達障害である行為障害が、青年期以降も継続している人格形成上の欠陥である』という医学的な見方には、反社会性や道徳感情の欠如が、遺伝等の先天的要因によって事前に規定されていたというような偏った見解に繋がる懸念があります。
動物や人間に対する虐待を繰り返し、窃盗や強盗を何度も働いて不正な利益を得て何の反省もしない人物や他人を傷つけたり殺害する事に良心の呵責を感じない人物の中には、心理的原因や家庭環境の問題、幼児期のトラウマなど後天的要因が全く特定できない人もいるでしょう。
そして、それらの後天的要因と無関係に、自然に反社会性や暴力的衝動性を発現し始めた発達障害としか言いようのない内因性の人格障害者も確かにいるかもしれません。

しかし、特異的な快楽殺人者や異常性格者を除いて、通常の言語的コミュニケーションが成立する累犯者の場合には、家庭環境・生育歴・幼児記憶などを詳細に掘り下げて傾聴していくと、多くの場合、社会や他者に対する強度の防衛機制の存在や猜疑心に近い不信感に行き当たり、その根底には社会や他者から迫害され排除されているという被害者感情の認知があります。

私はその意味において、妄想性人格障害に特徴的に見られる思考特性や認知傾向である『他人は基本的に自分を騙し欺いて傷つけようとする悪意を持っているに違いない。どんな善意や親切にも、必ず裏の目的や意図が隠されているはずだから絶対に信用してはいけない』という認知は、反社会性人格障害の反社会的な暴力性や攻撃性を基底において支える根拠になっているのではないかと思います。

そのような他者への猜疑心に基づく攻撃性や社会への被害感に基づく復讐心が亢進していく背景には、性格の基盤が形作られていく幼児期〜児童期の家族関係において深刻な虐待や葛藤があったことなどを想定することが出来ます。
日本では文化的歴史的背景から、男児に対する性的虐待事件は極めて稀ですが、アメリカなどでは、反社会性人格障害に類する凶悪殺人犯や連続レイプ犯などに幼児期の性的虐待体験のトラウマを有している者が有意に多いという調査報告もあるようです。