子どもの沈黙の理由を語るグッドウィンのBLIND理論


性的虐待を受けた子どもの大半は、その行為に嫌悪や不快を感じていても、それをはっきりと言葉で表現して拒絶することが出来ない。
子どもが何故、性的虐待に対して沈黙を守るのか、拒否の意思表示が出来ないのかという理由について、グッドウィン(J.M.Goodwin)は、父−娘間の性的虐待を調査して、子どもが沈黙を守る5つの心理的特徴の頭文字をとって『BLIND(目隠し)』理論を提示した。

  • Brainwash(洗脳)……繰り返し一般常識や正しい性知識とは異なる言葉を、子どもに囁きかけて、知識や判断力の乏しい子どもを間違った方向へと洗脳しようとする。『お父さんがこういった性行為を行うのは、愛情表現なんだよ。友達のお父さん達も家ではこういう事をしているんだよ』『この行為は、二人だけの秘密にすべきもので、誰にも話してはいけないことなんだよ』といった恣意的な性知識を与え続けることで、子どもを思い通りに支配し操作しようとする。
  • Loss(喪失)……性的虐待の事実が皆に知られれば、お前の周囲から大切な人達がいなくなり、お前は愛情や友情を喪失することになるのだといった内容の脅しを明示的あるいは暗示的にかけて、二人だけの秘密の保全を図る。『お母さんがこの事を知ったら、とても悲しんで、家を出て行くことになるぞ』『お母さんがこの事を知ったら、ショックで自殺してしまうぞ』『友達にこの事を話したりすれば、友達は気持ち悪がってお前の元から離れていくぞ』といった子どもの喪失感にまつわる恐怖や一人ぼっちになる不安を煽り立てる形で脅しをかける。
  • Isolation(隔離)……自分が性的虐待をしているなどという事実を信じる大人は、この世界のどこにもいないという自己保身の為の嘘をついて、子どもを外部の社会環境から家庭環境へと隔離し囲い込もうとする。子どもが他の大人や友人から正しい性に関する情報を得たり、テレビ・書物・雑誌などから虐待に関する知識を得たりすることがないように、外部情報を出来うる限り隔離して隠蔽しようとする。
  • Not awake(未覚醒)……睡眠中、就寝直前、早朝の覚醒時など意識水準が低下している時間帯を狙って、加害者は性的虐待を行い、子どもの記憶の曖昧化を図ったり、性的行為をエスカレートさせたりしようとする。性的虐待の前に、殴る・蹴る・叩くなどの身体的虐待を加えて、精神的に萎縮させたり、判断力を低下させ、その隙に乗じて性的行為を行うこともある。いずれも、意識の覚醒水準の低下と記憶の曖昧化、証言の根拠不十分を意図した狡猾な計算高さの現れた行為である。
  • Death fears(死の恐怖)……直接的な恫喝であり脅迫として、『この事を他の大人に喋ったら、お前を絶対に殺す』といった究極的なメッセージを与えて、子どもを恐怖心や不安感で凍りつかせ常識的な現実検討能力を麻痺させることで完全に心身を支配しようとする。


発達の極早期から性的虐待が行われ、性行為を純粋な愛情の表れだという情報操作(洗脳)を念入りに施されている場合には、子どもは真剣に『愛情を獲得する為には、性的行為を有効に用いればよい』という愛情に対する認知を獲得してしまうことがあり、二次的な性被害を自ら誘発してしまう危険性もある。

親の性犯罪に対する考え方や潔癖な性倫理観によって、親以外の大人から受けた性的虐待を子どもが親に話せないといったケースも考えられる。
親が、性的な被害を受けることそのものが、人に言えない恥ずかしい事と考えていたり、性に関連する事柄を表立って語ってはいけないという倫理観を顕著に示している場合には、子どもは自分が被害者であっても罪悪感や後ろめたさを感じてしまい親に話すことが出来ないことがある。
その場合には、子どもの側に、性的虐待を話した場合の親の反応に対して悲観的な予期が働いていて、『どうせ親に話しても信じてもらえないだろうし、加害者を糾弾するのではなく、自分の落ち度を責めたり、性被害が外部に漏れる事は恥ずかしい事であるといった世間体ばかりを気にするだろう』と考えていたりする。
また、愛する両親を、嘆き悲しませたり、落胆させパニックに陥らせたくないという子どもの精一杯の配慮や思いやりが働いて、沈黙を守っている事も多い。

加害者が、自分が信頼と愛情を寄せている存在である親や顔見知りの大人である場合には、子どもは、性的虐待という行為とその行為を行う人格を無意識的に分離して、事態を好意的に認識しようとする。
自分は、加害者自身を憎悪したり嫌悪しているわけではなく、加害者の虐待行為のみが憎くて嫌いなのであり、それさえやめてくれればいつでも加害者と以前のような親密な愛情あふれる関係に戻れると健気に考えているのだ。
もし、自分が性的虐待を暴露したりすれば、加害者が警察に逮捕されたり、皆から責められて攻撃されたりすることが分かっていれば、子どもは愛している加害者を守る為に自ら進んで『虐待の事実はなかった』という嘘をつくだろう。

子どもであっても、性的な愛撫や接触に対して本人の意志とは無関係に、物理的刺激に対する反射的な性的快楽を感じてしまうことがあるが、子どもは自分の身体の仕組みに関する知識が乏しく、物事の因果関係を適切に把握することが出来ない。
その為に、『身体的な快楽を感じて気持ち良くなってしまったのだから、自分は加害者の行為に同意したことになるのだ』という間違った因果関係の認知が起こり、本当はしていない同意の確認をしてしまう恐れが出てくる。
加害者から『お前も本当は、こういう風にされて気持ちいいんだろう?』といった質問をされて、反射的な快感を感じてしまっている自分に嫌悪感や罪悪感を抱いてしまい、それが根深い自己否定感や無価値感につながってしまうこともある。
しかし、こういった加害者の自己正当化のための身体的快感の確認は、悪質なレイプ犯と同一の明らかな悪意に基づく責任転嫁の錯誤に過ぎない。
相手が加害者の行為によって快感を感じているかどうかは、加害者の行為の犯罪性や卑劣性とは無関係であり、まして、生理学的なメカニズムによって反射的な快楽を得た事に対して被害者が罪悪感や責任感を感じる必要は微塵もない。
身体的な快楽と精神的な意味づけによる快楽は必ずしも同一のものではないところに、人間の性にまつわる尊厳が内在しているのである。