新潟県中越地震:優太ちゃんの奇跡の救出


テレビでリアルタイムで長時間中継されていた皆川貴子さんと子ども達の救出作業を、時間を見つけて断続的ではあるが悲痛な思いで見ていた。
国道を完全に断絶させる大規模な山崩れによって、ミニバンの車体が垂直に土砂に突き刺さるかのような形で埋もれている。
車のナンバーを上空から発見した時には既に3日の時間が流れており、土砂崩れや建物倒壊などで生き埋めになった事態での生存限界時間と言われる72時間を過ぎようとしていた。
ただでさえ生存が危ぶまれる状況で、更に不運な事に車両発見の当日は強い雨が降り、救助活動開始は先延ばしされた。大きな岩石が非常に不安定な形で積み重なっている現場で、わずかな刺激で二次災害の恐れがあり仕方ないことではあった。

おそらく、土砂・岩石に完全に埋もれた車からの救出作業を見守る人たちの心中には、もう既に生存は期待出来ないだろうという先入観と絶望感があったと思われる。しかし、救助が開始されて間もなく優太ちゃん(2)の生存が確認され、レスキュー隊員からしっかりと強く抱きかかえられて救出された。その奇跡的な救出の瞬間、初めから若干の諦念と共に救出の状況を見ていた自分を恥じると共に強い驚きと感動を覚えた。

優太ちゃんは、岩石や土砂で覆われた車内ではなく、車の下部の岩と砂の狭間に出来た空間の中に居たために一命を得たようだが、水も食料もなく大人でも辛いような低い気温の中で4日も生き延びたのは正に理屈と常識を超えた奇跡的な壮挙と言える。2歳だから意識的な努力や気合と気力を奮い起こしての忍耐というもので生き延びたのではないだろうけれど、少し詩的に考えれば、残念ながら亡くなった母親やお姉ちゃんの優太ちゃんを思う優しさや慈しみの思念がその場に残っていて守ってくれたのかもしれない。
写真に写っている貴子さんの穏やかな笑顔を見ても、子どもの名前の付け方を見ても、姉弟双方に『優』の文字を入れていて、人としての温かい優しさをいつも忘れない素敵なお母さんだったのだろう。

母親と真優ちゃんの生命が助からなかったのは非常に口惜しく慙愧の念に耐えないのだが、優太ちゃん一人が無事に奇跡的な生還を果たした事の意義はとても大きく感じられた。一部、救助活動の遅れを指摘する向きもあるようだが、残念ながら母親と真優ちゃんは腹胸部圧迫による即死だったようなので、もう少し早く発見救助できていたら助かっていたという意見は成り立たないだろうし、あの危険極まりない現場では大雨の中で大きな余震が起こっている状況で救助活動を行うことはやはり不可能だったように思う。

最後まで決して諦めず、希望を捨てず、まさに自らの命を危険にさらしながら懸命の救助活動を夜通し続けたレスキュー隊の姿には痛く胸を打たれるものがあり感動した。真に敬意を表するに相応しい働きぶりであったと思う。
阪神淡路大震災の救難活動の問題点を教訓にして、東京消防庁から優秀な隊員を選抜して結成した精鋭部隊であるハイパーレスキュー隊消防救助機動部隊)が今回の山岳部における災害救助活動に果たした役割は大きい。

今回は、困難で危険な任務である事と合わせて、非常に足場が悪く、地盤が脆い為に大型の特殊装備や岩石を破壊したり車を引き上げたりする重機を使用できないことが、猶一層、作業の進行を遅滞させ迅速な救助を困難にした。全てを人の力による地道な穴掘りを主体とした作業で行わねばならず、周囲の土砂崩れを起こさないように配慮しながら慎重にゆっくりと掘り進み、石を排除していかなければならないといった状態で、見ている側もまだ助け出せないのかと気を揉むのだが、実際に救出作業している隊員の心中もはやる気持ちと焦りがあったのではないかと推測する。
母親を車内から引き上げる作業には相当な時間がかかったが、初めにマスコミの誤報道で『3人の生存確認』という情報が流れた為、ひょっとしたら早く引き上げれば助かるのではないかという思いがあり猶一層私達の気持ちを急き立てて焦燥感に追い立てた。
真優ちゃんは引き出す前の時点で悲しくも死亡確認がされているが、その身体の引き上げには相当に困難を極めていて容易には引き上げる事が出来ないようだ。後部座席に身体があって、その間に、H型の鉄骨や大きな岩石などがあり、無理に引き出そうとすると車そのものが岩石で押しつぶされる危険性があり、なかなか作業を進展させるのが難しいということである。確かに、人間大もある周囲の巨大な岩石が微妙なバランスで現在の垂直に突き立った車を支えているので、車内の大きな鉄骨や岩石を強引に排除することには大きなリスクが伴うので致し方ないことだと思う。

地震、台風、大雨といった自然災害が毎年のように繰り返し起こり大きな被害と災厄をもたらす災害大国・日本においては、これからも生死を分かつ正に一刻を争うような災害・事故が起こる事が想定される。そういった非常に危険で困難な非常事態には通常の消防や警察では即時的対応をすることが不可能である為、ハイパーレスキュー隊のような危険で困難な災害・事故に対応する専門的訓練を受けた特殊部隊を地方自治体単位で育成することが急務となってくるのではないだろうか。

奇跡的な確率で生還を果たして、日本国中を感涙させた優太ちゃんのニュースは海を越えて韓国や海外でも大きく報道されて感動を生んだようだが、病院で驚異的なスピードで回復している優太ちゃんにはこれからも力強く元気に生き続けていって欲しい。
大好きなお母さんがいなくなった現実を受容するには相当な時間もかかるだろうし、それをいつかは伝えなければならない父親や親族の気持ちを思うと痛切でとてもやりきれない悲しみを感じる。
現在の時点でも潜在的な心的外傷の存在を否定できず、PTSDの可能性も考慮に入れて長期的な心理的ケアは必要だとは思う。

今回の一連の救助報道を通して、哲学的に難解な思考過程を経て辿りつく『生命の価値』に先行する、自然な人間感情に基づく『生命の価値』を思わされた。
人は実存的な孤独や寂しさを抱えているけれど、やはり関係性の網の中で他者とつながっていると思える瞬間やそういった温かい記憶が誰にでもあるのではないだろうか。
単純な日常や平凡な時間や当たり前の関係性や思いの中に生きる価値を見出すことも悪くはない。